炎上から見る「発言の自由」に関する考察

こんにちは、noダーマです。

近年「炎上」というのをよく目にすると思ったことはないでしょうか。

シエンプレ デジタル・クライシス総合研究所が調査分析した「デジタル・クライシス白書2022」によると、2021年に発生した炎上事案の件数は1,766件とのことです。
引用:シエンプレ デジタル・クライシス総合研究所『デジタル・クライシス白書2022』

つまり1日4~5件のペースで炎上が発生している計算になり、よく目にするのも納得といった結果です。

さて、この数多く存在する炎上事案でその発端となった出来事を見ると、「そんなことで炎上したの?」という感想を抱いた事例はありませんか?

原因としてありがちな「不適切発言」を例にとっても、「絶対に許せない」という意見もあれば、「怒るほどではない」という意見、あるいはその発言に共感する意見など反応は様々です。

発言内容の良し悪しはともかく、多くの方の根底にあるのは「発言の自由」かと思います。

皆さんも1度は耳にしたことがあると思いますが、その解釈は人によって大きく異なるのではないでしょうか。

今回は炎上という視点から見た「発言の自由」に関する考察となります。

目次

そもそも自由とは何か?

「自由」について、いざ説明するとなると難しいもので、またそれを一意に正しい・間違っているといった判定をすることもできません。

筆者自身の「自由」に対する解釈は「自身がいる環境下で定められたルールに基づき自身の意思決定が許される状態」です。

ここで重要なのは「ルールに基づき」の部分。
自由というのはルールがあって初めて成り立つものだと考えています。

自由と聞くと「何でも好きなようにやっていい」と解釈している方が一定数いるように感じますが、私自身はこれについては明確に反対します。

もしルールもなく本当に好き放題が許されるとしたら、それは自由ではなく無法地帯であり、最終的に行き着く先は北斗の拳のような世界でしょう。

※イメージです

また、自由と責任はセットであるという考えもよく聞く話かと思います。

筆者もこれには賛成であり、自分が決めたことに対してその責任はすべて自分にあると考えております。

好きなように振る舞う分、自分の行動や言動に責任を持てというのは、ごく当たり前のようにも感じますが、いざそれを実際にやることは難しいものです。
はっきりいって筆者もできている自信はありません。

これは偏見かもしれませんが、先の「自由=なんでも好きなことをやっていい」と考えている方々は、「責任」の部分が抜け落ちているようにも感じます。

発言の自由

WikiPediaによると「発言の自由」とは下記のように定義されております。

言論の自由は検閲を受けることなく自身の思想・良心を表明する自由を指す。自由権の一種である。

(中略)言葉を通しての表現の自由は「発言の自由」と呼ばれることもある。

引用:Wikipedia『言論の自由』

一見すると「思っていることを好きなように言葉にして表現しても良い」と受け取れるかもしれません。

それが間違っているとまでは言いませんが、先述した通り発言には責任が伴います

思想の自由にもある通り、その人が心の中でどんなことを思っていても構いません。
中には人に言うのは憚られるようなものもあるでしょうし、筆者もそういった思想は少なからず持っています。

思想は自身の心中だけで完結しているのに対して、発言はそれを受け取る他人が必ず存在します

そして受け取った相手が必ずしもその発言を肯定的に受け取るとは限りません。
内容によっては「炎上」に発展してしまうこともあるでしょう。

自らの思想を声または言葉で外に表現したと同時に、そこに責任やリスクも生じるのです。

なぜ炎上する発言をしてしまうのか

先にも挙げた通り「思想」は自由ですから、心の中では何を考えていようともそれを咎める人はおりません。

中には思っていても表に出さない方が良いようなものもあるでしょう。

しかし、それを言葉や声で表現してしまったがために批判を浴びて、「炎上」してしまう人がいるのも事実です。

ではなぜ炎上してしまうような発言をしてしまうのか。
私は「自身の影響力の過小評価」と「発言するリスクへの理解が薄さ」が原因であると考えています。

例えば皆さんがSNSで投稿をしたとき、何らかの反応をくれるユーザーはどれくらい居るでしょうか。

数字が思い浮かんだら、次は何でもいいので投稿のアクティビティを確認してみてください。
おそらく先に思い浮かべた数字よりも遥かに多い数が出てきたかと思います。

あなたの投稿は、あなたが思っている以上に多くの人の目に入っているのです。

また自分の発言が必ずしも良い方向に進むとは限らないというのもしっかりと認識しておく必要があります。

たとえ内容は一理あるものであっても、それを見た人すべてが好意的に受け取るとは限らないからです。

極端な例かもしれませんが、当たり障りのない投稿をしたつもりでも突然見ず知らずの人から批判的なコメントが来ることもあります。

あるいはわざわざ言わなくてもいいことを言ってしまった結果、大批判を浴びたといったケースはそう珍しくありません。

つまり発言には常に批判を浴びるリスクが存在するということです。

歯に衣着せずに思ったことをそのまま言いたいのであれば、批判上等の覚悟で発言するか、自らを常に肯定してくれる人だけを周りに置くかのどちらかになるでしょう。

前者はともかく、後者は諌める人がいないためどんどん歯止めが利かなくなり、より炎上のリスクが高まるだけなのでオススメはしませんが・・・

あとがき

かく言う私も思ったことをそのまま口にしてしまうことが多く、それが災いしてトラブルを招いたことが多々あります。

そう言った意味では発言までにワンステップ必要なSNSやブログの方が、アウトプットする前に見直して修正することもできるので自分には合っているのかもしれません。

これからも余計なことには首を突っ込まず、発言には十分気を付けていこうと思います。

それではまた次回お会いしましょう。

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